記事 「バズワード・ダンサー」に惑わされるな で次のように述べました。
「副業人材は人手ではありますが、“ゴリゴリの稼働時間を期待できる相手”ではありません。」
本日は、「では副業人材は使えないのか?」という疑問にお答えしたいと思います。
結論から言うと、むしろ本業があるからこそ向く役割があります。ずばり「知の伝道者」です。
師弟の関係について考える
「師弟」という関係について考えてみましょう。古来、師匠が弟子を育てるには忍耐と正しい知識が必要でした。論語には、孔子が弟子たちの個性や未熟さを深く理解し、時に厳しく、時に温かく諭す孔子の姿が描かれています。例えば、短気な子路に対しては、その勇気を評価しつつも、学問の重要性を説き続けたのです。弟子の成長を信じて対話を続ける孔子の姿勢はまさに忍耐そのもので、その対話の中で授けられた仁や礼といった教えは、時代を超えて受け継がれる正しい知識だったのです。
師は考え方とやり方を粘り強く伝え、弟子は教えを吸収しやがて自立する。
現代において、副業人材は師と似たところがあると私は考えます。というのも、心の余裕と正しい知識の両方を備えている人が多いからです。
懐の余裕は心の余裕
米科学誌サイエンスで、
「苦しい家計のことを思い起こさせてから知能テストを受けさせたところ、一晩眠らなかった程度の点数の下落がみられた」
という研究が報告されています。つまり貧ずると正しく判断する力が落ちる。人を育てる者には忍耐、すなわち心身の余裕が求められるので、経済的余裕のない人たちから師を選ぶのはナンセンスです。
経営者が社員(弟子)にあてる師は経済的余裕がある人達のプールから選ぶべきで、安定した本業収入がある副業人材はうってつけというわけです。
巨人の肩に立つ
科学者 アイザック・ニュートンは1675年に、王立協会の重鎮 ロバート・フックに宛てた書簡に「もし私が人より遠くを見ることができたとするならば、それは巨人の肩の上に立っていたからです」と記しました。感動せずにはいられない一節です。
当時、アイザックはケンブリッジ大学ルーカス教授や王立協会フェローという名誉ある職に就いており世間から確固たる評価を得ていました。その彼をして功績は独力によるものではなく先人の礎の上に成り立っている、と言わしめるのですから、積み上げられた基礎を学ぶことがいかに大切かというものです。
では基礎に習熟したビジネス人材はどこに集まっているのかというと、厳しい競争を勝ち抜いて大きく成長した組織、つまり大企業です。
たとえば営業の話をします。
「ウチは営業組織の強化に長年力を入れていて今ではちょっとしたものだよ」とおっしゃる製造業の代表がいらっしゃいました。そこで「素晴らしいですね。ちなみに御社売上の50%を占めているA社内の稟議プロセスはどのようになっていますか?」と問うと「いや知らない。部長わかりますか?」となり、部長も知らないようで代表は気まずそうな表情をしていました。
重要顧客の稟議フローと要人を知る、というのは大企業であれば息をするように当たり前の行動です。このように大企業と中小企業には型の習熟に大きな隔たりがあります。
副業人材は「心の余裕 と 成熟した型」を備えやすい

上の図をご覧ください。心に余裕がないと厳しい要求を繰り返す鬼軍曹となり、型が未熟なら気のいい先輩で終わります。
心の余裕と成熟した型、知の伝道者にはどちらも必要です。
事業会社、フリーランス、ボランティア。数ある外注先のうち、両方を備えている人を採用しやすいのが副業人材市場の魅力であり、知の伝道者は副業人材の起用が合理的です。
成功に近道なし。共に頑張りましょう。
