採用力の強化が内部統制に繋がる

はじめに

腕は確かだが、物言いがきつい。そんな古参社員に、本当は注意したい。しかし辞められたら現場が止まる。だから聞こえなかったことにする。似た場面を、私は支援先で何度も見てきました。そして、そうした会社が採用力を強化した後、職場が見違えるように健全になっていく様子も見てきました。

採用力の強化は、良い人を採るためだけのものではありません。内部統制の強化に繋がります。内部統制といっても、上場企業レベルの大げさな管理の仕組みの話ではありません。誰も特別扱いされない、けん制の効いた職場を作る話です。本記事では、なぜ採用力が職場を健全にするのかを紹介します。


第1章:「代えが利かない」が、横暴の温床になる

厚生労働省は、優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要な範囲を超え、働く人の就業環境を害するものをパワハラと定めています。

鍵になるのが、最初の要素である優越的な関係です。優越と聞くと上司と部下の職位を思い浮かべますが、優越を生むものは職位だけではありません。「この人にしかできない」、つまり代えが利かないことも、強力な優越を生みます。古参社員が若手に、腕のいい技術者が事務方に横暴を働けるのは、職位が上だからではなく、辞められたら困る存在だからです。

実際、厚生労働省の委託調査(令和5年度)では、パワハラの行為者は「上司(役員以外)」が65.7%、「会社の幹部(役員)」が24.7%。合わせて9割が、優越的な立場からのものでした。

経営者が横暴に目をつぶるのは、倫理観がないからではありません。帝国データバンクの調査(2026年1月)では、正社員の人手不足を感じている企業は52.3%。人手不足倒産は2025年に427件と、3年連続で過去最多を更新しました。辞められたら受注が飛ぶ、技術が失われる、現場が回らない。経営者は見て見ぬふりをしているのではなく、人質を取られているようなものです。

横暴の温床は「辞められたら、埋められない」という採用力の欠如にあります。


第2章:目をつぶり続けると、何が起きるか

我慢を続けた場合の損失を確かめておきます。

厚生労働省の委託調査(令和5年度)では、過去3年間にパワハラを受けた人は19.3%。およそ5人に1人です。しかも被害を受けた後の行動は「何もしなかった」が36.9%で最多でした。経営者の耳に入るのは氷山の一角で、水面下では被害が進行していると考えるべきです。

被害者は、黙って耐え続けるわけではありません。辞めていくのです。労働局に寄せられる相談では、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」が長年にわたり最多を占め続けています。

深刻なのは、辞めていく順番です。真っ先に去るのは、真面目で倫理観のある社員です。転職市場で歓迎されるのは彼らだからです。良い人材が抜けていき、残るのは横暴な当人と、外に受け皿のない人たち。放置していると、現状維持どころか、人材の質は下がる一方です。

職場の内情は、外からも見えています。以前の記事「見える化された社会で」で書いた通り、口コミサイトの時代、求職者は入社前に職場の評価を知ります。萎縮した職場の悪評は広がり、採用力をいっそう下げる。採用力が低いから毅然と向き合えない、向き合えないから良い人が辞める、良い人が辞めるから評判が下がり、ますます採れなくなる。負の循環です。

付け加えれば、2022年4月からパワハラ防止措置は中小企業にも法的義務です。放置は経営リスクそのものになりました。


第3章:「辞められても採れる」が経営者を変える

負の循環を断つ鍵が、採用力です。

「辞められても採れる」。採用に自信を持った経営者は、姿勢が変わります。注意すべきことを注意できる。改善を求められる。応じなければ、配置転換を含む選択肢を検討できる。言うべきことを言えるようになるのです。

誤解のないように書き添えますが、片っ端から人を代えろという話ではありません。実際には、代える前に変わることが多いのです。経営者が萎縮をやめた瞬間、社内の力関係が動きます。「この会社は、もう我慢しない」。空気の変化は、当人にも必ず伝わります。行動を改める人もいれば、居心地が悪くなり自ら去る人もいる。どちらに転んでも、職場は健全に向かいます。

会社の姿勢が被害を左右することは、データでも裏付けられています。厚生労働省の委託調査(令和5年度)では、ハラスメント対策に「積極的に取り組んでいる」企業のパワハラ経験率は15.2%、「あまり取り組んでいない」企業では35.1%。2倍以上の開きがあります。

採用力は、経営者が毅然とするため。つまり内部統制の土台でもあるのです。


第4章:負の循環か、正の循環か

採用力次第で、職場は正反対の循環に入ります。

項目採用力が低い会社採用力が高い会社
問題行動への対応目をつぶる毅然と向き合える
辞めていく人真面目な社員から横暴な社員から
職場の空気萎縮と諦め安心と信頼
評判(口コミ)悪化し、採用力が下がる向上し、採用力が上がる

採用力を強化した会社で起きることは、判で押したように似ています。経営者がものを言えるようになり、横暴が収まるか、当人が去る。会議で若手が発言を始める。真面目に頑張ってきた社員の顔が明るくなる。評判が良くなり、応募が増える。採用力が採用力を呼ぶ、正の循環です。

私が支援の現場で得た教訓は、採用力強化の最大の恩恵は、新しい人材そのものではなく、経営者が萎縮せずにものを言えるようになることだ、ということです。真面目に働く、倫理観を備えた社員が報われる会社への生まれ変わりは、そこから始まります。


第5章:採用力の強化は、副業人材と進められる

では、採用力はどう強化するか。

実際、私のもとにも中小企業から採用力強化の依頼が増えています。多くの経営者が気づき始めているのだと思います。ただ、採用の腕を持つ人事のプロが中小企業に常勤で来てくれることは、まずありません。報酬水準が合わないからです。しかし、副業でなら来てくれます。

副業人材と取り組むのは、次のようなものです。採用ターゲットを明確化し、彼らの抱える悩みを特定する。求人票を、条件の羅列から仕事の魅力が伝わる文章へ磨き直す。会社の素顔が見える採用サイトを整える。面接を、値踏みの場から口説きの場へ設計し直す。社の取り組みを発信し続ける。どれも専門性のいる仕事ですが、月数時間の副業人材と、実行する自社員で回ります。

大切なのは、内製化の姿勢です。作業を副業人材に任せきりにするのではなく、社内の担当者が横につき、ノウハウを吸収する。副業人材が去った後も、採用力が社内に残る形にすることです。

急ぐ理由もあります。以前の記事「『安く優秀な人材が選び放題』は、いつまで続くか」で書いた通り、労働市場は優秀な人材から順に売り手市場へ戻っていきます。採用力の差が開ききる前に、着手すべきです。


まとめ

採用力の強化は、良い人を採る力であると同時に、良い人が辞めない職場を作る力です。「代えが利かない」という横暴の温床を崩し、経営者が言うべきことを言えるようにし、真面目に頑張る社員が報われる会社に生まれ変わる。採用と内部統制は地続きです。

職場の雰囲気の悪さに心当たりのある経営者の方は、ハラスメント対策の研修や規程整備と併せて、採用力の強化を検討してみてください。遠回りに見えて、よく効く一手です。

なお、副業人材の活用については、拙著『副業人材活用の戦略』(整流出版)に考え方と実務をまとめています。あわせてお読みいただければ幸いです。

成功に近道なし。共に頑張りましょう。

採用力の強化が、なぜ内部統制の強化に繋がるのですか?

職場の横暴が放置される根本原因は、「辞められたら埋められない」という採用力の欠如にあるからです。代えが利かない社員には、経営者も注意をためらいます。採用力がつくと、経営者は問題行動に毅然と向き合えるようになります。誰も特別扱いされない、けん制の効いた職場、すなわち内部統制の強化は、採用力という土台の上に成り立つのです。

なぜ「代えが利かない社員」は横暴になりやすいのですか?

パワハラの成立要件の第一は「優越的な関係」です。「この人にしかできない」という代えの利かなさも、強力な優越を生みます。古参社員や腕のいい技術者が周囲に横暴を働けるのは、辞められたら困る存在だからです。実際、厚生労働省の委託調査では、パワハラ行為者の約9割が上司や役員という優越的な立場の人でした。優越の源泉を細らせることが、対策のポイントです。

問題のある社員を放置すると、会社はどうなりますか?

真面目で倫理観のある社員から先に辞めていきます。転職市場で歓迎されるのは彼らだからです。良い人材が抜け、残るのは横暴な当人と外部に受け皿を得られない人たちで、人材の質は下がる一方になります。さらに口コミサイトを通じて職場の内情は求職者に伝わり、評判の悪化が採用力をいっそう下げる負の循環に入ります。加えて2022年4月からパワハラ防止措置は中小企業にも法的義務であり、放置は経営リスクそのものです。

採用力を強化したら、問題社員を辞めさせるべきですか?

片っ端から人を代えるべきだ、という話ではありません。採用力の価値は、実際に人を代えることよりも、経営者が萎縮せずにものを言えるようになることにあります。注意すべきことを注意し、改善を求め、応じなければ配置転換を含む選択肢を検討できる。経営者の姿勢が変わると社内の力関係が動き、行動を改める人もいれば、自ら去る人もいます。どちらに転んでも職場は健全に向かいます。

中小企業が採用力を強化するには、何から始めればよいですか?

採用の実務経験を持つ副業人材との協働から始めるのが現実的です。採用のプロが中小企業に常勤で来ることはまずありませんが、副業なら月数時間から力を借りられます。取り組む中身は、求人票を仕事の魅力が伝わる文章へ磨き直す、会社の素顔が見える採用サイトを整える、面接を口説きの場へ設計し直す、発信を続けるといった実務です。作業を任せきりにせず、社内の担当者が横について型を吸収すれば、採用力は高まっていきます。

ハラスメント対策として、研修や規程整備だけでは不十分ですか?

研修や規程整備は必要ですが、それだけでは足りません。経営者が問題行動に毅然と向き合えない状態のままでは、規程は形骸化しやすいからです。厚生労働省の委託調査では、ハラスメント対策に積極的に取り組む企業のパワハラ経験率は15.2%、消極的な企業では35.1%と2倍以上の開きがあり、会社の本気度が被害の多寡を左右します。本気の対応を支えるのは「辞められても採れる」採用力です。制度の整備と採用力の強化を、両輪で進めてください。

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この記事を書いた人

砂川 大輔(すながわ だいすけ)

副業人材活用の専門家/トトノエルジャパン合同会社 代表

早稲田大学先進理工学部卒業、同大学院先進理工学研究科修了。新卒でアマゾンジャパン合同会社に入社し、マーケティングを担当。ハードライン事業本部にて最優秀マーケティング表彰を受ける。世界最先端のマーケティングの現場で、個人の能力に頼らず成果を出し続ける「しくみ」の力を学ぶ。

富士通株式会社CEO室にて、企業ビジョンの刷新や経営戦略の策定など、経営の意思決定に携わる。そのかたわら、副業人材として200社を超える中小企業の現場を支援。大企業で磨かれた経営の型を、中小企業で使える形に翻訳し、企業機能の内製化と自走する組織づくりに伴走している。自らもトトノエルジャパン合同会社を経営し、会社員・副業人材・経営者の、三足のわらじで活動。

副業人材活用の知見は行政・金融機関からも注目され、内閣府『プロフェッショナル人材活用ガイドブック』に歴代最多の3度掲載(2024、2026。うち2024は2事例)。厚生労働省広報誌『厚生労働』、野村證券『野村週報』に取材記事が掲載されたほか、株式会社みらいワークス「プロフェッショナルアワード2023」個人賞を受賞。高知県、和歌山県などの自治体・公的機関のセミナーや、大学の経営学部で登壇。2024年、副業人材活用の専門メディア『副業人材活用ラボ®』を開設し、編集長を務める。2026年には『経営者のための副業人材活用・適正運用ガイドライン』を公開。

2026年7月、初の著書『副業人材活用の戦略 参画企業200社超の専門家が実践から見出した企業経営者の思考と技術』(整流出版)を刊行。

掲げるビジョンは「よいものが正当に評価される社会をつくる」。

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