はじめに
2026年6月、メルカリが象徴的な人事を発表しました。CTOだった木村俊也氏が、最高人事責任者(CHRO)と最高AI責任者(CAIO)を兼任する。AI戦略と人事戦略を一体化し、働き方や組織構造をAI前提で再設計するという内容です。時を同じくして、Sansanも似た体制を発表しました。
大企業で、AIと人事が融合し始めています。この動きは、めぐりめぐって副業人材市場にも影響を及ぼすと、私は見ています。
今は、依頼企業の自立を寛容に助けてくれる優秀な副業人材が、たくさんいます。しかしこの恵まれた状況は、いつまでも続くとは限りません。本記事では、その理由と、だからこそ今すべきことを整理します。
第1章:大企業で「AI×人事」が始まった
まず、何が起きたのかを押さえましょう。
メルカリが2026年6月に掲げたビジョンは「HR for an AI-Native Company」。AI戦略と人事戦略の責任者を一人に統合し、働き方、意思決定、承認プロセス、組織構造、リソース配分といった人と組織の運営基盤を、すべてAI前提で再設計する、という宣言です。
注目すべきは、これが一社の特殊事例ではないことです。同じ2026年6月1日に、Sansanも「CAXO(Chief AI Transformation Officer)」という新しい役職を設け、AIと組織変革を統合する体制を発表しました。同じ日に、二つの企業が、AI×人事を打ち出したのです。
背景にある数字も見ておきます。メルカリでは、すでに従業員のAI利用率が100%に達し、エンジニア1人あたりの開発量は前年比1.9倍になったと発表されています。AIが現場に深く根づいた結果、組織の仕組みそのものをAI前提に作り変える段階に入った、というわけです。
さらに視野を広げると、PwCジャパンの調査では、売上高500億円以上の日本企業の約6割が、すでにAIの責任者(CAIO)を設置済みです。AIを人事に本格的に組み込む動きが本格化しています。
第2章:AIは、働きぶりを「見える化」する
過去記事「見える化された社会で」で、AIが企業の内も外も可視化していくと書きました。この可視化の波は、社員一人ひとりの働きぶりにも及びます。
考えてみれば、社員の働きぶりを示すデータは、昔から蓄積されていました。PCの操作ログ、勤怠記録、各種システムの利用履歴。データそのものは存在していたのです。
しかし、大企業が全社員の膨大なログを人力でチェックするのは、現実的に不可能でした。データはあっても、見きれない。だから多くは、活用されずに眠っていました。
しかしAIが登場し、膨大なデータを、あっという間に解析できるようになったのです。ピープルアナリティクスと呼ばれる手法で、行動ログと業務成果を掛け合わせた分析が進んでいます。
社員一人ひとりの貢献がこれまで以上に可視化され、それが評価や処遇に反映されやすくなります。良くも悪くも、働きぶりが「見える」時代に入った、ということです。
第3章:すると、副業市場に何が起きるか
ここから先は、私の予測です。事実ではなく、一つの見立てとして読んでください。
大企業正社員の働きぶりが、これまで以上に可視化される時代になっていくと、副業市場には何が起きるでしょうか。
一つの可能性は、副業に回れる優秀層が、相対的に減ることです。本業での貢献がより厳密に見られるようになれば、本業に時間とエネルギーを集中する必要が出てきます。資本主義の歴史を振り返ると、競争に終わりはありません。これまで副業に割いていた余力を、本業に振り向ける人が増える可能性があります。
もう一つの可能性は、副業人材の意識が変わることです。所属する会社で、「仕事のログでシビアに処遇が変わる」という認識が広がれば、副業に対する向き合い方も変わってきます。要は、「昼夜問わず、本業で活動しておこう」となるわけです。
どちらも、確実に起こると断言できるものではありません。しかし、変化の方向性として頭に入れておく価値はあります。
第4章:副業人材の「思考」が変わるかもしれない
過去記事「市場の成長期こそ原則に立ち返る」で、副業人材とフリーランスの違いを論じました。
副業人材の最大の特徴は、本業という安定した基盤があることです。本業で生活が成り立っているからこそ、依頼企業を囲い込む動機が薄い。自社の自立を寛容に助け、知恵を残して去ることができる。これが、副業人材が「内製化のコーチ」として機能する根拠でした。
しかし、この寛容さは、本業の安定を前提にしています。ここが揺らいだら、どうなるか。
副業に対する向き合い方は変わるはずです。副業を「本業の保険」と捉えるようになり、目の前の顧客を手放したくない、囲い込みたいというインセンティブが生まれるかもしれません。
これは、フリーランス的な思考への接近です。
フリーランスは、その仕事が収入の柱だからこそ、自分がいないと回らない状態を作る方向に力が働きやすい。副業人材が本業に不安を抱えるようになれば、同じ力学が働き始めてもおかしくありません。
そうなれば、「自社の自立を寛容に助けてくれる副業人材」の割合は、相対的に減っていきます。
環境が人の行動を変えるのは、自然なことです。今、寛容な副業人材が多いのは、本業が比較的安定している層が副業に参入しているからです。その前提が揺らげば、市場の性質も変わりうるということです。
第5章:だから、寛容な副業人材がいる「今」、自立を急ぐ
今の副業人材市場は、中小企業にとって二重に恵まれています。
一つは、雇い手優位であること。1案件に何十人もが応募してくる。これは過去記事「『安く優秀な人材が選び放題』は、いつまで続くか」でも論じた通りです。
もう一つは、その応募者の中に、依頼企業の自立を寛容に助けてくれる優秀層が多いことです。
この二重の好機は、永遠ではないかもしれません。AI人事の進展は、その前提を少しずつ変えていく可能性があります。雇い手優位がいつまで続くか分からないうえに、副業人材の寛容さという前提も、環境次第で揺らぎうる。
だからこそ、今のうちに動くのです。
寛容な副業人材をコーチとして迎え、自社の内製化を進める。副業人材に知恵を移してもらい、自社の中に力を蓄える。市場環境がどう変わっても揺るがない「自立した組織」を、条件の良い今のうちに作っておく。
私が見てきた限り、賢い経営者は、好条件が続くことを当てにしません。良い条件が揃っている今のうちに、自社の足腰を鍛えています。条件が悪くなってから慌てるのではなく、条件が良いうちに動く。これが、変化の時代を生き抜く経営者の共通点です。
まとめ
大企業で、AIと人事が融合し始めました。この変化は、やがて副業人材の性質をも変えていくかもしれません。
今は、依頼企業の自立を寛容に助けてくれる優秀な副業人材が、たくさんいます。雇い手優位で、選び放題です。しかしこの恵まれた状況は、環境次第で変わりうる。寛容な副業人材が、いつまでもいるとは限りません。
だからこそ、今のうちに動いてもらいたいのです。寛容な副業人材をコーチとして迎え、自社の自立を進める。これが、変化の時代に揺るがない組織を作る道です。
成功に近道なし。共に頑張りましょう。
- AIによって、大企業の人事評価はどう変わりますか?
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これまでもPCの操作ログや勤怠データは蓄積されていましたが、大企業が全社員の膨大なログを人力でチェックするのは不可能でした。AIの登場で、その解析が現実的になりました。行動ログと業務成果を掛け合わせた分析が進み、社員一人ひとりの貢献が可視化されれば、評価や処遇に反映されやすくなると考えられます。
- AI人事の進展は、副業人材市場にどう影響しますか?
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これは予測ですが、いくつか可能性があります。一つは、本業での貢献がより厳密に見られるようになり、副業に時間を割ける優秀層が相対的に減る可能性。もう一つは、「本業がいつどうなるか分からない」という危機感を抱く副業人材が増える可能性です。
- なぜ副業人材は、依頼企業の自立を寛容に助けてくれるのですか?
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副業人材には本業という安定した基盤があるため、依頼企業を囲い込む動機が薄いからです。だから知恵を社内に残して去る「内製化のコーチ」として機能します。
- 副業人材の寛容さは、今後も続きますか?
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寛容さは本業の安定が前提です。もし本業に不安を抱く副業人材が増えれば、顧客を囲い込もうとするフリーランス的な思考に近づき、自社の自立を寛容に助けてくれる副業人材の割合が、相対的に減る可能性があります。
- 中小企業は、今どう動くべきですか?
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今の副業人材市場は、雇い手優位であることに加え、自立を寛容に助けてくれる優秀層が多いという、二重に恵まれた状況です。しかしこの前提は環境次第で変わりうる。だからこそ、寛容な副業人材をコーチとして迎え、自社の内製化を今のうちに進めるべきです。市場環境が変わっても揺るがない自立した組織を、条件の良い今のうちに作っておくことが重要です。
