はじめに
物語で売り込みたい。
こうした相談が増えています。
AIの進化による競合の爆発的な増加と、残された時間への焦りがあるのでしょう。
いちはやく顧客を掴みたいというわけです。
しかし、私の実感では、物語発進のセールスは筋の良い方法とは言えません。
セールス文脈での物語に嫌気を示す人は年々増えており、特に、歴史も知名度もないベンチャーが物語を主力に勝負するのは、かつてないほど厳しくなっています。
なぜそう考えるのか。そしてベンチャーを含む中小企業はどこで勝負すべきかを紹介します。
第1章:消費者は賢くなっている
情報化が進み、消費者が情報を扱う力は飛躍的に高まっています。
スマホ一台で、商品の原材料、製法、レビュー、競合比較、創業者の発言履歴まで、かなりの情報が確認できる時代です。2010年の、ガラパゴス携帯が過半数だった時代から状況ががらりと変わりました。
その結果、消費者は物語(ストーリー)に対して懐疑的になりました。
デロイト トーマツの「2024年度国内富裕層意識・購買行動調査」では、世帯年収にかかわらず6割が「情報に踊らされることにうんざりしている」と回答しています。
巷には、美しく仕立てられた物語が溢れています。
いまの消費者は感動するより先に「また売り込みか」と身構える。10年前なら通用したコピーが、いまは通用しません。消費者が賢くなったということです。
第2章:物語と富裕層
消費者が賢くなるとどうなるのでしょうか。
それを知るために、物語と富裕層という切り口で紹介します。
物語はブランディングの文脈で、リテラシーを備えた富裕層の購買判断を促すものとして進化してきた側面があります。ところが当の富裕層は、物語への警戒を強めています。
ことわっておくと、富裕層は物語を完全に拒絶しているわけではありません。
つくりものの物語と、ホンモノの物語を、シビアに見分けるようになっている ということです。
たとえばデロイト トーマツの2024年度富裕層調査では、富裕層の7割が「自分が気に入ればブランドや評判は気にならない」と回答し、6割が「自分にあう商品・サービスを提案してほしい」と答えています。
大切なのは、期待を超える実利や喜びを提供してくれるかどうかです。
近年は益々、売りたいがためにつくられた軽薄な物語に影響されたくないと考える方が多くなっています。
相対的に、一朝一夕には真似できない実利や歴史といった、エビデンスが求められるようになっています。
第3章:誰もが物語を語る時代になった
SNSの普及で、企業も個人も、誰もが物語を語れる時代になりました。
noteといった文章主体のプラットフォームの整備もこれを後押ししています。
創業ストーリー、想い、ビジョン、社会課題への取組み。どこかで聞いたような物語が量産されています。
たしかに、物語がセールスで機能した時代はありました。
「雨の中のBBQでパンを焼いてみたら美味しいと気づいた」という物語で売り込まれた、水蒸気を出すオーブントースターが飛ぶように売れたのを覚えている人は多いでしょう。
しかし今は、誰もが語る時代です。物語の希少性が下がり、消費者はそう簡単に感動しなくなっています。
物語が貴重だった時代の戦略を、物語が氾濫する時代に持ち込んでも効きにくいというわけです。
第4章:ハイブランド業界も物語から降りている
物語の本場であるはずのラグジュアリー業界自体に、変化が起きています。
2024年から2025年にかけて、世界のラグジュアリー市場は数年ぶりの成長減速に直面しました。市場調査会社Luxurynsightの分析によると、ラグジュアリー業界は量の拡大や価格引き上げに終止符を打ち、「店舗での体験価値と品質」を最優先に据え始めています。マーケティング施策の量を前年比2%減らし、グローバルなメディア露出ではなく、より深い施策へと舵を切りました。
簡単に言えば、世界のラグジュアリー業界自体が、物語から、体験と品質へ軸を移している ということです。
物語の本場が、物語以外への投資を増やしている。
これは消費者の変化を、彼らが最も早く感じ取っているからでしょう。彼らがそうしているのに、後発のベンチャーや中小企業が物語だけで勝負しようとするのは、時代に逆行した選択と言わざるを得ません。
第5章:大企業の手法は、大企業だから機能する
ここまで物語の難しさを書いてきましたが、念のため補足しておきます。
すでに信頼を築いている大企業──アップル、トヨタなど──にとって、物語は依然として一定の効果を持ち続けています。優れた品質、蓄積された信頼と本物の歴史の上に物語が乗ることで、両者が相乗効果を生むからです。
一方、ベンチャーや中小企業は、信頼の土台がやわい状態で物語だけを発信することになります。信頼ゼロから物語だけを発信すると、消費者には「自分を大きく見せようとしている」と映ります。
大企業の成功事例をそのまま真似しようとすると、ほぼ間違いなくこの罠にはまります。手法は同じでも、前提が違う。大企業の手法は大企業だから成立しているものであって、誰がやっても同じ結果が出るわけではないのです。
第6章:中小企業の勝ち筋は、基本機能の研ぎ澄ましにある
では、中小企業はどこで勝負すべきか。
私の答えは、基本機能の研ぎ澄ましです。
「基本機能で差別化はできない」とよく言われます。
たしかにある面では正しいですが、差別化できないのは大企業だらけの市場、コモディティ化したマス市場の話です。
しかし中小企業はそもそもニッチ市場で生き残っています。
ニッチであるがゆえに、基本機能の研ぎ澄まし余地が多分に残されています。
地域密着の飲食店なら「料理の味と提供スピード」、町工場なら「加工精度と納期」、士業なら「対応の速さと、依頼者にも分かる言葉で説明する力」。どれも基本機能です。これらを支えるオペレーションの強化も筋が良い。しかし、これらを本当に極めている店や会社はわずかです。
中小企業にとって強みとは、多くの場合、基本機能の積み重ねです。ニッチ市場では価格弾力性が低く、基本機能の質に対して顧客は対価を支払う意志を持っています。
基本機能の磨き込みは地味ですが効きますし、コアコンピタンスに昇華することもあります。
第7章:物語は、基本機能を磨き込んでこそ効果を発揮する
物語は、基本機能が確立された上に乗せて初めて力を発揮します。順番が大事です。
誤解「物語の発信 → お客様の獲得 → 基本機能の磨き込み」
正解「基本機能の磨き込み → お客様の信頼 → 物語が初めて響く」
私が支援してきた現場では、物語づくりより先に商品改善や接客の見直しを優先した企業ほど、結果として強いブランドを築いています。基本がしっかりしているから、後から発信した物語が嘘くさくならない。お客様が「確かにそうだ」と頷いてくれるのです。
まとめ
物語でブランドを確立する手法は、次の理由で年々難しくなっています。
・消費者が賢くなった
・誰もが物語を語る時代になった
特に、信頼の蓄積がない中小企業が物語だけで勝負するのは厳しいですね。
大企業の成功事例をそのまま真似ると、ほぼ空回りします。
中小企業の勝ち筋は、基本機能の研ぎ澄ましにあります。
ニッチな領域で、基本を極める。
地味ですが手堅い道です。
物語は、基本機能が確立された後に力を発揮します。
成功に近道なし。共に頑張りましょう。
出典
- デロイト トーマツ グループ「2024年度国内富裕層意識・購買行動調査」
- ラグジュアリーカード「ライフスタイルに関する調査」(2025年7月発表)
- インテージ「富裕層パネルBook 2025」
- Luxurynsight調査(FashionNetwork日本 2025年10月報道)
